◆菅原町-道真の山車

二重鉾の四ッ車、唐破風つきの囃子台で回り舞台。
山車は平成十二年、主題の人形は菅原道真で今年(平成二十年)に完成。
囃子は堤崎流で足踊りの南田島囃子連と町内の道真囃子連。


◆菅原道真

菅原道真(すがわらのみちざね)は日本の平安時代の学者、漢詩人、政治家である。
特に漢詩に優れた。
33歳のときに文章博士に任じられる。 宇多天皇に重用され右大臣にまで昇った。
しかし、左大臣藤原時平に讒訴され、大宰府へ権帥として左遷されそこで没し、為に、朝廷に祟りをなし天神として祀られる。
現在は学問の神として親しまれる。

著書には自らの詩、散文を集めた『菅家文草』全12巻(昌泰3年、900年)、大宰府での作品を集めた『菅家後集』(延喜3年、903年頃)、編著に『類聚国史』がある。
日本紀略に寛平5年(893年)、宇多天皇に『新撰万葉集』2巻を奉ったとあり、現存する、宇多天皇の和歌とそれを漢詩に翻案したものを対にして編纂した『新撰万葉集』2巻の編者と一般にはみなされるが、これを道真の編としない見方もある。
私歌集として『菅家御集』などがあるが、後世の偽作を多く含むとも指摘される。
『古今和歌集』に2首が採録されるほか、「北野の御歌」として採られているものを含めると35首が勅撰和歌集に入集する。
六国史の一つ『日本三代実録』の編者でもあり、左遷直後の延喜元年(901年)8月に完成している。
左遷された事もあり編纂者から名は外されている。
祖父の始めた家塾・菅家廊下を主宰し、人材を育成した。菅家廊下は門人を一門に限らず、その出身者が一時期朝廷に100人を数えたこともある。
菅家廊下の名は清公が書斎に続く細殿を門人の居室としてあてたことに由来する。