もとの高沢町。
人形は山王の猿神をあらわしたもので仲秀英(都梁斎)の作。
山車は二重鉾の三ツ車で、囃子台は欄間仕立て。
明治四年に三八三両三分で完成。
県指定文化財。囃子は葛西囃子を伝える菊元会囃子連。
人形は山伏姿の武蔵坊弁慶と草刈童子が二人。安政三年鼠屋五兵衛の作。
囃子台が欄間仕立ての山車はしばらくの間、迫り上げ構造がなかったが、昭和二十年代に二重鉾、回り舞台に改造。平成に入り幕類を新調し現在の姿となる。
県指定文化財。囃子は堤崎流の府川囃子連。
人形は能楽の翁で明治三年に仲秀英の作。人形を含め四〇六両二分三朱でできたという山車は二重鉾の四ツ車。
当初は欄間形式の囃子台であったが、大正八年に唐破風つきの回り舞台に改造した。県指定文化財。
囃子は堤崎流の幸町囃子会。
人形は日本武尊。
山車は昭和二十七年に原型ができて以来、順次改造を重ねてきた。
現在は二重鉾の四ツ車、回り舞台で囃子台は唐破風つき。
囃子は芝金杉流で北山田囃子保存会。
人形は川越城に縁のふかい太田道灌。
山車は二重鉾の四ツ車、唐破風つきの囃子台で回り舞台。
昭和二十七年の作。
他の山車に比べ大きな仕上り。
囃子は堤崎流で雀会囃子連。
もとは旧十ヵ町の本町で、昭和三十四年に山車が復活。
白木造りで二重鉾、四ツ車、唐破風つき囃子台で回り舞台。
牛若丸の人形は昭和四十四年に完成。
囃子は小村井流で牛若囃子連。
昭和三十二年にできた山車で、腰回りの大量の彫刻が特徴。
二重鉾の四ツ車、唐破風つきの囃子台で回り舞台。
囃子は神田大橋流で町内の竹生会囃子連。
※川越地方には他にも山車、屋台があるが、諸事情により中心市街地への曳き入れはしていない。
※囃子の流派は、口伝によるものが多く一部不明のものがある。