小江戸観光名所ガイド 菓子屋横丁エリア

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養寿院

※写真をクリックすると大きい画像が見れます。 

山門菓子屋横丁の裏手すぐのところに養寿院があります。
立派な山門がありますが、通行出来ませんので、右手の入口から入って下さい。
山門には大きく「不許葷酒入山門」(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)と書かれています。
これは禅寺の門の脇の戒壇石(かいだんせき)に刻まれる句で、臭いが強い野菜(=葱(ねぎ)、韮(にら)、大蒜(にんにく)など)は他人を苦しめると共に自分の修行を妨げ、酒は心を乱すので、これらを口にした者は清浄な寺内に立ち入ることを許さないという意味だそうです。
(戒壇石(かいだんせき)とは、律宗・禅宗などの寺院の前に立てた石標。結界石。)


本堂境内の植木が手入れよく、とてもきれいです。
正面に本堂、右手に受付(個人的にはこの受付の社殿が好きです)、裏手に河越太郎重頼のお墓があります。
また川越七不思議のひとつ“城中蹄の音”にまつわる“堀川夜討ちの図”が寄進されたところでもあります。


本堂屋根受付

仏頭他のサイトであまり紹介されていないのですが、写真にある仏頭(ぶっとう)のエピソードをひとつ。
参道の左手をよ〜く見ると見つけられます。高さ1m位はある大きな仏様の頭です。これは、地元の団体さんがモニュメントを作ろうということで、仏様の石像を作ることになったのですが、首まで出来た頃、途中で企画倒れになってしまい、首だけではちょっとな〜 どうしたもんだろう ということで、養寿院が引き取り、庭師に頼んで境内にきれいな形で置いたということです。



参考:【養寿院】
曹洞宗、青竜山。寛元(1244)河越太郎重頼の曾孫にあたる経重が開基となり、大阿じゃ梨円慶法師が開いた寺である。初めは天台宗であったが、天文4年(1535)曹洞宗に改め、江戸時代いは御朱印十石を賜るなど、曹洞宗の古刹といわれている。本堂には、河越氏が新日吉山王社におさめた銅鐘(重要文化財工芸品)が保存されている。この銅鐘の鋳物師は鎌倉の大仏を作った丹治久友の作である、また、銅鐘の「池の間」に刻まれた"河越"の文字は、川越の歴史上まことに価値の高いものである。墓地内には、河越太郎の墓と川越城主秋元但馬守に仕えた名家老岩田彦助の墓(市指定文化財)があるが、岩田彦助は才智に富んだ人物で殖産、開発に努めたことで知られている。また、本殿には1260年に造られたという銅鐘(重要文化財)がある。
参考:【伝 河越太郎重頼の墓】
河越太郎墓河越氏は、板東八平氏の一つ秩父氏の出で、重頼の祖父重隆のころに川越に進出し、河越氏を名乗った。
河越氏は源頼朝が挙兵した当時、敵対していたが、重頼の妻が頼朝の乳母・比企禅尼の娘であったこともあり、後に頼朝方について平氏を追討、鎌倉幕府の樹立に力を尽くした。重頼の娘は、義経の正妻に選ばれ上洛するが、頼朝・義経が不和になると、重頼は誅殺され、所領は没収された。
この五輪の塔は、河越太郎重頼の墓として当院に伝わっている。 小江戸川越観光推進協議会・(社)小江戸川越観光協会解説より

養寿院
埼玉県川越市元町2-11-1 TEL:0492-22-0846



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